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マーチンベーカー M.B.5


ペガサス

イギリス空軍 試作戦闘機

 
 「おーぃ!またかよぉ、ペガサス! ファイアーボールと一緒やんかぁ。どこまでがランナーでどこからがパーツなんじゃぁ。おまけに脚の収納カバーはやっぱり自作せいってか!」と、騒ぐと「そう騒ぐほど、そこまで凄くはいでしょう?」とおっしゃる方も多々いらっしゃるかと思いますので、その実態をご覧頂いちゃいます。さーて、いかがでしょうか?

    

 と、いうことでペガサスのマーチン・ベーカーM.B.5。で、製作過程は72作目のファイアーボールのコメントをご参考に、上の左の画像からその壮絶な状況をご推察くださーい。ちなみに4問の20mm機関砲は何のモールドもありませんし、尾輪の収納部も開口していません。コクピットは背あて部分が半分溶けたようなシートらしきパーツがあるだけでがらんどう。床板もなければ計器盤もなく、仮にこれがシートのパーツとしても何処にどうやって取り付けるのさ!二重反転プロペラは回転できるように加工。機体左右の合わせは、とにかく機体が中心から分かれておりませんのですよ。で、合いません。かなりの調整が必要です。尾輪の収納部を開口し、特徴的なカバーを自作します。当然?のことながらアンテナ等の細かいパーツはことごとく有りりませんですよ。一応デカールは付属しておりますが版ズレ。蛇の目が同心円になっていないので、他のデカールから。
 で、上の右の画像が実寸の脚収納カバーの型紙?が印刷された部分ですが、片面印刷のペラ紙一枚にデカールの貼り付け位置が分かる三面図と、上面はダークシーグレーとダークグリーン、下面はミディアムシーグレーといった若干の色指定の文章(当然英語です)だけ。ビニール袋を止めているやや厚いペーパースリーブの裏に極簡単な組み立て手順の文章(これも当然英語です)があるだけで、組み立て図もなければ、塗装の迷彩パターン解説図もない!という、いってみれば「とんでもない」キットです。これまで、同社のファイアーボールや旧東欧圏の簡易インジェクション、ユニクラフト等のかなり凄いレジンキット等などを一応体験してきたぷらもオヤジ/72ですので、もう慣れっ子でさほど驚きはしません(正直、なんじゃー!って感じですけどネ)が、初心者の方にはつらいですよね。
 さて、そのパターンの指示がない塗装ですが大戦後期の標準的な上面ダークグリーンとオーシャングレーの迷彩に下面は純粋なプロトタイプなのでイエロー(ペガサスの取り説?にはミディアムシーグレーとなってますが)でしょう。数少ない写真から機体側面の塗り分けはどうにか判断できましたが、翼上面は分からんのです。また、その機体側面の迷彩パターンもスピットファイアなどの標準パターンと逆の流れなんですね。で、これは大戦初期、ダークグリーンとダークアースの迷彩だった頃に有った、流れがほぼ逆のBスキームというパターンとほぼ合致しております。ので、翼上面もそのBスキームに合わせました。てなことで、また言っちゃいますが、ここまで仕上げた自分を褒めてやりたい!
 さて、今でこそ噴出座席のトップメーカーとして名を馳せているマーチン・ベーカー社ですが。1929年にジェームス・マーチンさんとヴァレンタイン・ベーカーさんというお二人が設立した当初は小さな航空機メーカーで、大手のメーカーの下請けなんぞをしながらいつの日か独自に戦闘機を開発しようとしていたそうだ。で、1938年、固定脚のM.B.2を自社製作。しかし、その頃は既に引き込み脚のハリケーンやスピットファイアが生産されており、当然のごとく不採用に。
 でも、マーチン・ベーカーは諦めない。1942年、スピットファイアMk.\を上回る飛行性能に加え、鋼管モノコックボディに着脱式外皮、パッケージ化した機関砲というメンテナンス性の優れたM.B.3を開発したものの、1号機はエンジントラブルで墜落。そこで、グリフォンを搭載する予定だったM.B.4という計画機にM.B.3の再設計案をミックス。製作途中だったM.B.3の試作2号機から出来あがったのが、このM.B.5。グリフォン83を搭載し、3翅二重反転ペラを装備。機体中央下に配置された冷却器にバブルキャノピーという機体の横からのシルエットはP−51Hに酷似しており、見るからに高性能の予感!
 で、1944年5月に初飛行。期待にたがわず最高速度740km/hを記録し、当時の最新鋭グリフォン・スピットファイアMk.]Wを上回る性能を示したそうだ。しかーし、いかに高性能のレシプロ機とはいえ時代の波はジェット化へ。加え、軍は本格的ジェット戦闘機への繋ぎとしては、実績のあるスピットファイアのさらなる改良型を採用し、実績の無いマーチン・ベーカーのM.B.5が採用されることはなかった。
 
 
     
 
     
 
     
   
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