神は慈悲深いが、このところこのリムリックの貧民路地には姿を見せない 

1999年度の映画「アンジェラの灰」の中にあったセリフ。

ラキ神は慈悲深い」
 
アンジェラ:神様はどこかの誰かには慈悲深いかもしれないけど、
  このところリムリックの貧困路地には少しも姿を見せて下さらないわ

「マラキ:そんなこと言うと地獄に堕ちるよ」

 
アンジェラ:私はもう地獄に堕ちているかも知れない」
  

マラキはこの映画の主人公フランクの父親、アンジェラは母親の名前である.
この映画はアメリカでベストセラーとなった同名の小説(ピューリツアー賞受賞)を基にしたもので、作者であるフランク・マコーマックの少年時代を描いたものである。物語の舞台になるアイルランド西部のリムリックは雨の多さに加え、海とシャノン川の影響か湿気が多く、そのせいで子供が病気になり、兄弟の何人かは死んでしまう。家の一階は水浸しというヒドイ状態。
1930年代の世界的大不況のさなかだから、まさに赤貧という呼び方がピタリという生活のなかでの話である。

母親アンジェラはリムリック出身なので敬虔なカソリック信者。それなのにこのような神を冒涜することばを口にするところが凄い。
カソリックの教えにより、堕胎と離婚が禁じられているため、貧乏の上に子だくさんが重なるという矛盾を抱えるところがなんとも悩ましい。

父親マラキは北アイルランドのベルファスト出身のプロテスタント信者、ほとんどがカソリック信者であるアイルランド共和国では差別を受け、それが原因で仕事に就けないというアイルランド特有の複雑さがよく分かる。(もちろん、凄い酒飲みも原因の一つだが)
アイルランドでの最大の侮辱言葉は
「このプロテスタント野郎」
    ー司馬遼太郎「愛蘭土紀行」
(もっともこの場合は英国人を指すのだろうが)

フランク少年も16歳で単身アメリカに渡ることになるが。なんともたくましいものだがあの生活では何でも出来るだろう。映画「タイタニック」でアイリッシュダンスを踊るシーンがあるが、あの連中も同じような境遇だったのであろう。
アイルランド共和国の人口は約350万人。北アイルランド(イギリスの一部)が150万人と合わせ、合計500万人という小さな国だが、移民としてアメリカに渡ったアイリッシュ系は現在、4000万人とも5000万人ともいわれている。
アメリカの推理小説にはステレオタイプの刑事が出てくるが、大半がアイリッシュ系。しかし、これは無理もなく、アメリカに移民したアイリッシュは無教養で、酒飲みで、乱暴者と見られてろくな職業につけず、やむなく給料が悪く、危険な職業である警官、消防士になるしかなかったという状況であった。
映画「ダーティー・ハリー」キャラハン警部も典型的アイリッシュ系として描かれている。(不思議にもキャラハンは酒を飲まないが)

日本人にもおなじみの「ダニーボーイ」はアイルランド民謡である(Danny Boy)。
もともと出征兵士を送る歌であったり(ハリー・ベラフォンテのカーネギーホールでの演奏でははっきりそう歌われていた)とか、恋人を慕う歌であったりとこの曲には100以上の歌詞があるという。
この曲はかっては「London Derry Air」と呼ばれていたが、イギリスにいじめ抜かれたアイリッシュにとってはLondonの名前が入るのが気に入らないため、現在では「The Derry Air」か「Danny Boy」と呼ばれている。

今でも、アメリカの警官、消防士が殉職した際にこの曲が演奏されるのは前述の理由による。
原曲は「ロンドンデリー地方の歌」。「air」とは「曲、歌」というような意味である。


「ここは神が見捨てた場所ですね」
「神が見捨てなかった場所などない」
映画『薔薇の名前』 で修道士(ショーン・コネリー)と弟子との台詞。





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