◇ 傘かしげ 


「傘傾げ」とも書く。

2003年12月に東京の日暮里駅のホームで乗降客同士がぶつかり、それが元で喧嘩となり、片方が重体になったという事件があった。
調べてみると、この種の事故が最近続発しているとのこと。
この件に反応して、いくつかの新聞(毎日・山梨中央新報)のコラムが取り上げていた。

その論調は判で押したように同じである。
1.昔はこのようなことはなかった。
2.そこで思い出すのは、
  「傘かしげ」という習慣である。
  雨が降っている時に細い道を相手とすれ違うときには、お互いが傘を斜めに
  倒して、相手が通りやすくする。
3.それはすなわち、狭い日本で生活する江戸時代の庶民の知恵でありエチケット
  であった。
4.そのような習慣がなくなったのは残念である。


悪魔もこの「傘かしげ」について書こうかと思っていた際に、実は全く上記のようなロジックを考えていた。悪魔も大したことがない。

が、しかし悪魔であればまだまだ話は続くのである。

第一に、15年位前だが、この「傘かしげ」をテーマにしたコラムがその年のコラム大賞を受賞したことがある(国立大学の先生だと記憶している)。
大学の行き帰りにすれ違う学生達が道を譲らないというのが主題であった。
何故、それを覚えているかというと当時、悪魔は通勤時に中学生とすれ違うことが多く、その都度、彼らがやはり絶対に道を譲らないことに気がついており、このコラムに同感したからである。

要するに、このガキどもが大きくなっただけの話である。
ガキの時にきちんと教えなかったツケが今来ているのである。

第二に、TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ! 」で彼が紹介していた話がある。
「車を運転していて、細い道を横切ろうと思うと、人が次々に前を通りいつまで経っても車を前に進めることが出来ない。ちょっと前なら、人の流れが少しとぎれたら、車を通してあげようと配慮していたものだが・・」
要は、徹底した自分中心主義が根付いているのである。

第三に、これ外国のオーケストラを指導していた日本人指揮者(岩城宏之.だと記憶している)話である。
「連中が練習している最中に、彼らの隙間をぬって後ろから通り抜けようとする。
 驚いたことに、彼らは楽器を弾きながら、その楽器を立てたり、身をづらしたりして
 私が通るのを助けるのである。しかも後ろを振り返ることもなく・・・」

これはまさに「傘かしげ」ではなかろうか。

だらしなくあいた口、ぼんやりして何を考えているのか分からない目。
これら、最近の若者の特徴からは自分は自分で守るという「緊張感」が全く感じられない。
こんなことも事件の背景にあるのだと思うわけである。

(2004.7.6)







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