◇マイ・ウェイ 

フランク・シナトラ、1969年の大ヒットソングの題名である。

この曲は音楽に詳しい人ほどポールアンカ作と思っているようだが、正確にはフランス生まれ(44年)の歌、Claude Francoisの"Comme d'habitude"に、ポール・アンカが英語の詞を書き、アレンジをしたものである。

ポール・アンカが尊敬し、同時に友達でもあったフランク・シナトラに曲を頼まれて生まれたのが、「マイ・ウェイ」である。
フランク・シナトラから引退を聞かされていたため,まず"The end is near…"(終わりは近い)、という一節が頭に浮かび、その後は一気に仕上げたという。
人生の終わりを連想させるものである。

これを、日本人のアホ作詞家が「今、船出が・・」と訳したものだから、なんと結婚式の定番の歌になってしまったというのも日本ならではのブラックジョークである。

シナトラはその名のとおりイタリア系で、そのせいかどうか大変なプレイボーイであった。マリリンモンロー、キムノバック等々浮き名を流した女性はきりがない。

映画俳優としても有名だが、晩年はもっぱらシナトラ一家と言われた、サミーデービスjr、ティーン・マーティンなどとしょうもない映画「オーションと11人の仲間」(オーシャンズイレブンはそのリバイバル版である)などをこさえていたが、若いころはアカデミー助演賞を獲得した「地上より永遠に」など、凄い俳優でもあった。

この「マイ・ウェイ」の歌詞のとおり彼自身逆境もあったが、映画「ゴットファーザー」では落ちぶれた歌手がマフィアの力を借りて復活するというくだりがあり、これはシナトラがモデルと言われている。

それにしてもバラードの巧い歌手であった。
何千曲も歌っているであろう彼の代表作を並べれば、「国境の南」、「マイファニーバレンタイン」、「オールザウェイ」、「夜のストレンジャー」、「ニューヨーク・ニューヨーク」等々きりがない。
が、悪魔の選ぶベストワンは彼自身の作で、ビリー・ホリデー・サミーデービスjrなども歌っている、そして日本の方はほとんど知らないと思われる
「I 'm a fool to want you」
である。

ちなみにカラオケでもよく歌われるこの「マイ・ウェイ」だが、これが意外と評判が悪く、歌ってほしくない曲のトップだというアンケート結果がある。
だいたい、この曲をきちんと歌える人は極少なのだから当然と言えば当然なのだが、だからといって、(悪魔のように)巧く歌うとこれまた嫌われるという不思議な歌である。
(同じようなパターンで、次に嫌われるのは谷村新司の「昴」)

お後はシナトラに関するジョーク

「フランク・シナトラがカーネギーホールでリサイタルをやったときのこと、ブルック・シールズみたいな可愛い女の子が楽屋へ訪ねてきてサインをくれという。
シナトラはニコニコしながらサインをする。そうすると女の子はもう一枚、もう一枚と三枚もサインをせがんだ。
シナトラはもちろんサインをしたが
「三枚もどうするの?」
と訊ねたら
「シナトラさんのサイン三枚集めると、ぺりー・コモさんのサイン一枚と交換できるの」
   ー開高健・島地勝彦「水の上を歩く?」より

「シナトラが息子と一緒にタキシードを着てバーに現れた。息子に男の世界を教えようというわけ。『見てろ』」とシナトラがいって、バーテンダーに水が入ったグラスと、ウォッカの入ったグラスを頼んだ。そしてポケットから、水が入ったビニール袋をとり出した。
その水の中には、水すましが入ってて、シナトラは水すましを指でつまんで出し、水のグラスに入れた。
もちろん、水すましは小さいグラスの中で泳ぎまわろうと元気にもがいていた。それからまた水すましをつかみ、今度はウォッカのグラスにポンと入れた。すると、水すましはたちまち死んじゃった。シナトラが息子に、『いいか、腹に虫が湧いたら、酒を飲め。それが大人だ』」
   ー開高健・島地勝彦「水の上を歩く?」より(シナトラ伝に出てくる話とのこと)


*「シナトラ・ドクトリン」という言葉がある。1989年ころ、ゴルバチョフが「東欧諸国はこれからは自分たちの道を行けばよい」といったのを、しゃれてこう表現したものである。





My Way  Frank Sinatra
       Writer(s): Revaux/Francois/Anka
Notes : First performing by "Claude Francois"
      ("Comme d'habitude"). Translate and
      arranged by "Paul Anka" for "Frank Sinatra".

And now, the end is near;
And so I face the final curtain.
My friend, I'll say it clear,
I'll state my case, of which I'm certain.
I've lived a life that's full.
I've traveled each and ev'ry highway;
But more, much more than this,
I did it my way.

Regrets, I've had a few;
But then again, too few to mention.
I did what I had to do And saw it through without exemption.
I planned each charted course;
Each careful step along the byway,
But more, much more than this,
I did it my way.

Yes, there were times, I'm sure you knew
When I bit off more than I could chew.
But through it all, when there was doubt,
I ate it up and spit it out.
I faced it all and I stood tall;
And did it my way.

I've loved, I've laughed and cried.
I've had my fill; my share of losing.
And now, as tears subside, I find it all so amusing.
To think I did all that; And may I say - not in a shy way,
"No, oh no not me,
I did it my way".

For what is a man, what has he got?
If not himself, then he has naught.
To say the things he truly feels;
And not the words of one who kneels.
The record shows I took the blows -
And did it my way!
  ーLYRICS WORLD
 http://www.ntl.matrix.com.br/pfilho/html/main_index/


(日本語バージョン)

いま船出が 近づくこの時に ふとたたずみ 私は振り返る
遠く旅して 歩いた若い日よ すべて心の決めたままに

愛と涙と ほほえみに溢れ いま思えば 楽しい思い出を
君に告げよう 迷わずに行くことを 君の心の決めたままに

私には愛する歌があるから 信じたこの道を 私は行くだけ
すべては心の決めたままに

愛と涙と ほほえみに溢れ いま思えば 楽しい思い出を
君に告げよう 迷わずに行くことを 君の心の決めたままに
私には愛する歌があるから 信じたこの道を 私は行くだけ
すべては心の決めたままに
                 
[詞:中島淳]

*注:岩谷時子はさすがに
「やがて私もこの世を去るだろう・・」
と訳詞をしているようだがなんせ、中島バージョンが蔓延してしまったので
歌われる機会はすくないようだ。
また、フランスの原曲は男と女の愛を歌ったもの。







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