◇ 私はいま氷山を書いている

「私はいま氷山を書いている.氷山というものは7/8は水面下だ.
 1/8は水面に出ている.知っていることを省略するということは
 その文章を強くする.だが知らないことを省略するとそれは空洞
 となる」

「老人と海」、「誰がために鐘は鳴る」などで有名な文豪ヘミングウェイの言葉である。

今年(2002年)約30年間,ヘミングウェイのピラール号(El Pilar)の船長、コックを勤め、同時に友人でもあったグレゴリオ・フエンテス(Gregorio Fuentes) 氏が1月13日、癌のためキューバの自宅で逝去した。享年104歳。この人が「老人と海」の主人公である老漁師のモデルといわれている。

ヘミングウェイの文章は、読んだハシからイメージが明確に頭に浮かぶ。その秘密は表題のようなことなのかも知れない。

かっての新聞社では、デスクが新入りの記者に、自分が取材してきた事件の文章を書かせる。やっと書き上げた文章を持っていくと。「これを1/3に削れ」とつっ返される。
苦心惨憺して書き直すとまた、「これを半分にしろ」という具合。ひどい話だが、削りに削ったこの最後のものが生き生きとしたよい記事になるという。
最近の新聞記事がダメになったのは、名物的な名文家がいなくなったのと、こういった訓練をやらなくなったせいだと悪魔は思っている。
(勿論、デスクそのものが文章を書けなくなったからである)

谷崎潤一郎、三島由紀夫、井上ひさし、丸谷才一、川端康成、中村真一郎、吉行淳之介、中村明、向井敏などそうそうたる人達が「文章読本」なるものを書いている。が、下記の格言はそれらを読むより遙かに有益である。。
(そのすべての本を読破している悪魔がこの程度の文章しか書けないのだ)
兎に角、谷崎潤一郎のものなどワンセンテンスが延々一ページにおよぶという凄まじいものである。
悪文である。しかし困ったことにこれがなかなか味わい深いのです。


「30枚のものを10枚に、10枚のものを3枚に削るのが私の仕事だ」
                         ー山本夏彦

「良い文章を書く秘訣は三つある。しかし誰もがそれを知らない」
                         ーサマセット・モーム 

「読み返して、特に素晴らしいと思う箇所を削れ」 
                         ーバーナード・ショウー

「内容を削るというのはこういうことである
   『板の間に下女取り落とすなまこかな』
     『板の間に取り落としたるなまこかな』
       『取り落とし取り落としたるなまこかな』」
        ー安岡正篤 「晩鐘」 


「良い文章の原則
 @短い言葉ですむなら、決して長い言葉をつかうな。
 A言葉を省略できるならば、必ずそうせよ。
 B能動態で表現できるなら、受動態を決して使うな。
 C日用語を思いつくなら、外国語、科学用語、難解な言葉を使うな
 D粗野な表現になるくらいなら、以上のルールを無視しろ。 」
          ージョージ・オーウェル(作家)

*これらの格言を基に、悪魔の書いた文章をチェックする行為を固く禁ずる!


<2007.6.25 追加>
ダン・シモンズの著作 「諜報指揮官ヘミングウェイ」というフィクション小説
(95%は真実だと筆者は書いているが)のなかに、ヘミングウェイの言葉として伝えたものが
ある。以下はその要約である。

「小説はものごとを真実以上に真実らしく伝える手段だ」

「偉大な小説家になるのは難しい。
 特に、世の中を愛し、そのなかで暮らし、特別な人たちを愛していると特に。
 とても多くの場所を愛していたらなおさら難しい。 
 自分の心の外の世界をただ書いても意味がない。それは写真のやる仕事だ。
 作家はセザンヌのようでなければならない。心の内側から描く。それが芸術
 というものだ」

「フィクションを紡ぐ芸当は、バランスを失わずにボートに荷を積む芸当のような
 ものだ。文章ひとつひとつには、触れることができないものがたくさん詰め込ま
 れている。そのほとんどは見に見えず、暗示されるだけだ」

「禅宗の画家は鷹の絵を描かず、空に筆をさっと走らせただけで鷹を書くという。
 いま、あそこにいる潜水艦のようなものだ。潜望鏡が見えれば、ほかのいろいろ
 なことがわかってくる・・・・司令塔のようす、魚雷のこと、計器やパイプがぎっしり
 詰まった機関室、塩漬けキャビアに群がっている実直なドイツ兵たちのこと・・・・
 なかのようすを全部この目で見る必要はない。潜望鏡が見えるだけでいいのだ。
 よい文章とか段落とはそのようなものだよ」


おまけ)

「『名もある』作家で、おれが書くぐらい早く、おれの
 短編をかっぱらって、登場人物の名前と舞台を変えて、
 おれ以上の稿料で売っていたやつがいる。
 しかし、おれはそいつを妨害する方法を発見したよ。
 二年間書くのをやめたら、そのバカは飢え死にしちまった」
   ーヘミングウェイ A・E・ホッチナー著「パパヘミングウェイ」より

「自然を前にして私が自分の思い通りに、たいした間違いもせずに小さな絵を手早く
 描きあげることができるのは、私が習作を何千枚も描いたからなのです。
 確かに、不必要と思われるあれこれのものを取り除くとき、私はもう悩んだりしない
 のです…。
 この木のすべての枝、すべての木の葉を描くことなどできるでしょうか?
 私は、マッスとしてそれらの形を定め、全体としての様相を描くことにとどめるのです。
 …芸術家が作品を創るということは、選択することを知るということです」 
      ーコロー(仏画家) 
     (美術評論家でコロー作品の讃美者のフレデリック・アンリに対して語ったもの)
   (http://www.b-sou.com/palw-corot.htmより)







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